岡山地方裁判所 平成9年(ワ)856号 判決 1998年3月19日
原告
中山亨
被告
奥田真樹
ほか二名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金五三三三万三九九五円及びこれに対する平成六年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金七〇〇〇万円及びこれに対する平成六年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、深夜飲酒の上スピード違反をして事故を起こした自動車の運転者及びその保有者に対し、同乗していて重傷を負った原告が、自賠法三条に基づき損害賠償を請求している事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
(一) 発生日時 平成六年四月三日午前二時四〇分頃
(二) 発生場所 和気郡和気町衣笠二番地の三七先
(三) 加害車両 普通乗用自動車
(四) 右運転者 被告奥田真樹(以下「被告真樹」という。)
(五) 右保有者 被告奥田渉及び同奥田仁
(六) 右同乗者 原告及び行正浩士
(七) 事故態様 被告真樹は、加害車両を運転し、時速五〇キロメートルに制限された国道三七四号線(片側一車線)を時速約一二〇キロメートルで走行したため、左折すべきT字型交差点で左折できず、そのまま直進しカーブを曲がりそこねて同車を路外に飛び出させ、同車は墓所の石垣等に激突して用水へ転落し、後部座席で眠っていた原告が瀕死の重傷を負った。
2 責任原因
被告真樹は、制限速度を時速約七〇キロメートルも超える速度で暴走運転したために本件事故を引き起こしたものである。被告らは原告に対し、各自自賠法三条の責任を負う。
3 原告の受傷及び治療経過等
原告は、本件事故により、両肺外傷性気胸、呼吸不全、多発性肋骨骨折、頭部打撲、脳震盪症、顔面、後頭部挫創、鼻骨骨折、両鎖骨骨折、右腕神経叢ひきぬき損傷、左腕神経叢損傷等の瀕死の重傷を負い、次のような治療を受け、平成八年五月二三日症状固定したが、次のような後遺障害が残った。
(一) 治療状況
(1) 平成六年四月三日から同年八月三日まで 入院一二三日 赤穂中央病院
(2) 平成六年八月四日から同年九月六日まで 実通院五日赤穂中央病院
(3) 平成六年五月二六日から平成八年五月二三日まで 実通院七三日 岡山大学附属病院(以下「岡大病院」という。)
(4) 平成六年九月八日 実通院一日 神戸市立中央市民病院
(5) 平成六年一二月二四日 実通院一日 岡山旭東病院
(6) 平成七年一二月四日から平成八年一月二〇日まで 入院四八日 光生病院
(7) 平成七年一一月一六日から平成八年二月一日まで 実通院六日 光生病院
(二) 後遺障害の内容
原告は、本件事故のために後遺障害を残し、自賠責保険において右手五指用廃により後遺障害七級七号、鎖骨変形により一二級五号、男子外貌醜状により一四級一一号に該当し、後遺障害併合六級の認定を受けた。
4 損害の填補
原告は、被告(及び被告加入の自賠責保険)から一六七四万〇六九五円を受領した。
二 争点
1 損害額
(原告の主張)
原告は、次の(一)ないし(九)の損害額合計から既払額を控除した残損害金八二七一万六九二二円の内金七〇〇〇万円を請求する。
(一) 治療費 三三四万一六〇八円
(内訳)
(1) 赤穂中央病院(H六・四・三~H六・八・三一分)
<1> 一六四万三八三八円
<2> 一五二万六八七五円
(H六・九・六分)
<3> 五一五〇円
(2) 岡大病院(H六・五・二六~H七・一・二六分)
<1> 二七八五円
<2> 六六九五円
(H七・三・二~H八・五・二三分)
<3> 一万八〇九五円
(3) 神戸市立中央市民病院(H六・九・八) 二万九四六〇円
(4) 岡山旭東病院(H六・一二・二四) 二八二〇円
(5) 光生病院(H七・一一・一六) 一五三〇円
(H七・一一・一六~H七・一二・三一) 六万四九四〇円
(H八・一・一~H八・一・三〇) 三万四〇六〇円
(H八・一・三一~H八・二・一) 五三六〇円
(右のうち、(2)<2>の岡大病院分六六九五円及び(4)の岡山旭東病院分二八二〇円以外は、当事者間に争いがない。)
(二) 医療具代 四万七八三二円
(三) 入院雑費 二二万二三〇〇円
(一三〇〇円×一七一日)
(四) 通院費 一一万九五七八円
(五) 付添看護料 二一万六〇〇〇円
(六〇〇〇円×三六日)
(六) 休業損害 合計六五六万七六二六円
(1) 給与損害 五三二万三四四八円
(2) 賞与損害 一二四万四一七八円
(七) 逸失利益 六五四四万二六七三円
(八) 慰謝料 合計一六五〇万円
(原告の主張)
(1) 傷害慰謝料 三五〇万円
(2) 後遺障害慰謝料 一三〇〇万円
(被告らの主張)
原告は、被告ら加入の任意保険から搭乗者傷害保険金六八九万五〇〇〇円の支払を受けている。よって、慰謝料算定に当たり、公平の見地から右支払の事実を斟酌すべきである。
(九) 弁護士費用 七〇〇万円
2 好意同乗による減額
(被告らの主張)
本件事故は、原告と被告真樹らが事故発生日の前日岡山市内のディスコに同被告運転車両で行き、飲酒の上帰宅途中に発生したもので、原告としては、同被告に飲酒運転はもとよりスピードを出させないように注意すべきであった。よって、損害額から少なくとも三〇パーセントの減額が行われるべきである。
(原告の反論)
被告真樹は行正浩士(以下「行正」という。)を通じ、原告を強くディスコに誘っている。原告は、これを断ったが、行正との友人関係を壊したくないためやむなく同行したものである。原告は、ディスコに着いて間もなく、被告真樹及び行正とは別行動をとったので、被告真樹の飲酒状況は知り得なかったし、同被告は、帰途酔っている様子はなかった。被告真樹運転の速度は、当初時速七〇ないし八〇キロメートルであったが、原告は、途中で眠ってしまったために、その後の走行状況を知り得ず、同被告に対して注意することが期待できない状況であった。
よって、本件では、好意同乗減額をすべきではない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。
第四判断
一 争点1(損害額)について
1 治療費 三三四万一六〇八円
原告が本件事故のために支出した治療費内訳のうち、岡大病院分六六九五円((2)<2>)及び岡山旭東病院分二八二〇円((4))以外は、当事者間に争いがない。
証拠(甲一一の2、一八の1)によると、原告の治療費内訳のうち、岡大病院分六六九五円及び岡山旭東病院分二八二〇円についても、原告が本件事故のために支出したものと認めることができる。
よって、原告の治療費合計額は三三四万一六〇八円になる。
2 医療具代 四万七八三二円
証拠(甲一八の2、一九、二〇の1、2)によると、原告は、本件事故による両腕神経叢損傷等の傷害により、右長対立装具及び三角布を要したこと、その購入代金の合計額は四万七八三二円であったことが認められ、それも本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
3 入院雑費 二二万二三〇〇円
原告が、本件事故のために合計一七一日間入院したことは、当事者間に争いがなく(争いのない事実3(一))、証拠(甲二一の1、2)並びに弁論の全趣旨によると、その間一日当たり一三〇〇円の入院雑費を要したものと解するのが相当である。
したがって、本件事故と相当因果関係のある入院雑費は二二万二三〇〇円になる。
4 通院費 一一万九五七八円
証拠(甲二二の1、2、二三の1ないし4、原告本人)並びに弁論の全趣旨によると、原告の通院のための交通費は、次の内訳の合計一一万九五七八円を必要としたものと認められ、それも本件事故による損害と認める。
(一) 赤穂中央病院入院中の岡大病院への通院 (四日分合計一万八〇八〇円)
タクシー代 イ赤穂中央病院から赤穂駅 片道五八〇円
ロ岡山駅から岡大病院 片道七五〇円
JR運賃 赤穂から岡山 片道九三〇円
(二) 神戸市立中央市民病院(合計八四六四円)
ガソリン代 自宅から赤穂中央病院経由で赤穂駅まで(片道二〇キロメートル) 七一四円
(ガソリン一リットル当たりの価格は一二五円、燃費は一リットル当たり七キロメートルとして計算。以下同様。)
JR運賃 赤穂から三ノ宮(片道一四二〇円) 二八四〇円
新交通 三ノ宮から病院(片道二四〇円) 四八〇円
宿泊費 四四三〇円
(三) 赤穂中央病院
ガソリン代 片道二〇キロメートルの五日分 三五七一円
(四) 赤穂中央病院退院後の岡大病院への通院
ガソリン代 片道三三キロメートルの六九日分 八万一三二一円
(五) 光生病院
ガソリン代 片道三三キロメートルの六日分 七〇七一円
(六) 岡山旭東病院
ガンリン代 片道三〇キロメートルの一日分 一〇七一円
5 付添看護料 二一万六〇〇〇円(六〇〇〇円×三六日)
証拠(甲三三、原告本人)並びに弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故による受傷のために、事故日である平成六年四月三日から同年五月八日に自力で用便ができるようになるまでの三六日間、親族による付添看護を要したことが認められるので、その費用は一日当たり六〇〇〇円とし、三六日間の合計二一万六〇〇〇円を付添看護料として認めるのが相当である。
6 休業損害 合計六五六万七六二六円
(一) 給与損害
証拠(甲二四、二五の1、2、三三、原告本人)によると、原告は、本件事故当時、両備運輸株式会社(以下「両備運輸」という。)に勤務し、一か月二四万三二四八円の給与を得ていたこと、しかし、本件事故による受傷のために平成六年四月三日から同年八月一五日まで休職し、同月一六日に一旦復職したものの、勤務困難なため平成六年一二月二三日から休職し、平成七年一月一五日付けで退職を余儀なくされたこと、その後平成八年四月一日から有限会社高山クレーン(以下「高山クレーン」という。)に就職したものの、従前、両備運輸から得ていただけの給与額を得ることはできず、症状固定日である同年五月二三日までの間に、次の内訳のとおりに給与損害を被ったことが認められる。
したがって、次の内訳(1)ないし(5)の合計金五三二万三四四八円も本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
(内訳)
(1) 平成六年四月三日(昇給月)から同年八月一五日まで
一か月二四万三二四八円の一三五日分 一〇七万九六二一円
(2) 平成六年一二月二三日から平成七年三月三一日まで
一か月二四万三二四八円の九九日分 七九万一七二二円
(3) 平成七年四月一日(昇給月)から同年六月三〇日まで
一か月二五万四〇六五円の三か月分 七六万二一九五円
(4) 平成七年七月一日(昇給月)から平成八年三月三一日まで
一か月二七万九六二三円の九か月分 二五一万六六〇七円
(5) 平成八年四月一日から同年五月二三日(症状固定日)まで
両備運輸の給与損害額(一か月二八万七五四八円の五三日分四九万九六七三円)から高山クレーンからの給与総支給額(平成八年四月分一七万六七〇〇円と同年五月分二〇万一七三〇円の二三日分の合計額三二万六三七〇円)を控除した差額一七万三三〇三円
(二) 賞与損害
証拠(甲二四、二五の3、原告本人)によると、原告は、本件事故にあわなければ、症状固定日までの間、本件事故当時勤務していた両備運輸から次の内訳(1)ないし(4)の賞与(合計額一二四万四一七八円)を得ることができたはずであるから、右期間の賞与も本件事故による損害と認めるのが相当である。
(1) 平成六年下期賞与(減額分) 一三万九三三八円
(2) 平成七年上期賞与 三六万二七九〇円
(3) 同年下期賞与 三九万九八二〇円
(4) 平成八年上期賞与(減額分) 三四万二二三〇円
7 逸失利益 五四五七万二九二七円
(一) 証拠(甲一六、一七、二六ないし三三、原告本人)によると、原告は、本件事故当時、三級海技士(機関)の免許をもって両備運輸に勤務していたこと、そのために、本件事故にあわなければ、その後も順調に船員として勤務を続け、昇給及び昇格に伴ってある程度高額の所得を得られたであろうこと、しかし、本件事故後は、主に右手五指用廃の後遺障害のために船員として働くことができず、平成七年一月一五日付けで同社からの退職を余儀なくされ、将来は船長になりたいとの希望も断たれたこと、その後平成八年四月一日高山クレーンに再就職したものの、右手の動作が思うようにできないためクレーン操作ができず、従前よりも低い給与所得しか得られなかったばかりか、同年七月三一日に退職を余儀なくされたこと、現在は、株式会社ディーエヌピーエンジニアリングで働き月額二〇万円程度の給与収入を得ているが、利腕の右手が不自由であるために就労においてもさまざまなハンディがあり、勤務に支障を生じていることが認められる。
(二) 前記認定の事実及び証拠(甲二四)を総合判断すると、原告が本件事故にあわなければ、その後も両備運輸に勤務を続け、症状固定日(平成八年五月二三日)当時、四二五万一二六一円程度の年収を同社から得られた蓋然性が高いことが認められる。
また、原告の労働能力喪失率について検討すると、原告が自賠責保険において、右手五指用廃により後遺障害七級七号、鎖骨変形により一二級五号、男子外貌醜状により一四級一一号に該当し、後遺障害併合六級の認定を受けたことは、当事者間に争いがなく(争いのない事実3)、前記(一)で認定した事実によると、原告の後遺障害のうち、労働能力に直接影響があるのは右手五指用廃であって、その他の後遺障害については、原告の労働能力を左右することを認めるに足りる証拠はないから、原告は、症状固定日(当時原告は二三歳)から就労可能年数である六七歳までの四四年間、五六パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
(三) そうすると、原告の逸失利益は、次のとおりになる。
四二五万一二六一円×〇・五六×二二・九二三(四四年間の新ホフマン係数)=五四五七万二九二七円(円未満切捨て)
8 慰謝料 合計一五〇〇万円
(一) 傷害慰謝料
原告に生じた傷害の部位、程度、入通院期間等、本件に表われた一切の事情を総合考慮すると、原告の傷害慰謝料は三〇〇万円と認めるのが相当である。
(二) 後遺障害慰謝料
原告の後遺障害の内容、程度に、原告が本件事故による右手五指用廃のために、船員として勤務を続け、将来は船長になりたいとの夢も断念せざるを得なくなったこと(前示7(一))等、本件に表われた一切の事情を併せ考慮すると、原告の後遺障害慰謝料は、一三〇〇万円と認めるのが相当である。
(三) なお、証拠(乙六)によると、原告は、被告ら加入の任意保険から搭乗者傷害保険金六八九万五〇〇〇円の支払を受けたことが認められ、公平の見地に照らすと、被告ら主張のとおり、慰謝料算定に当たって右の事実を斟酌するのが相当であるから、本件事故による原告の精神的損害に対する慰謝料は、合計一五〇〇万円と認める。
二 争点2(好意同乗による減額)について
1 証拠(甲三三、乙二、三、原告本人)によると、原告は、本件事故発生日の前日行正から誘われて被告真樹運転の自動車で三人で岡山市内のディスコマハラジャへ出かけたこと、そこで、原告ら三人はいずれも最初に缶ビール(三五〇ミリリットル入)一本を飲み、その後、原告は、行正及び被告真樹と別れて、それぞれ思い思いに踊ったり飲酒したりしていたこと、原告は途中で眠くなり、マハラジャ店内の椅子に座って仮眠していたこと、そのうち、行正及び被告真樹が原告を起こしにきて、往きと同様、被告真樹の運転で帰途についたこと、原告は、途中、被告真樹が制限速度を大幅に超過して時速約七〇ないし八〇キロメートルの速度で運転していることがわかっていたが、その後すぐに助手席後部座席で眠り込んだので、事故発生直前のことは何も認識していないこと、しかし、他方原告は、本件事故発生日の前日よりも前に、被告真樹とマハラジャへ踊りに行ったことがあり、同店は客が一般に飲酒の上踊る場所であることを認識していたことが認められる。
そうすると、原告は、本件事故発生時までに、被告真樹が飲酒して踊ったために酔いが回りやすく、速度違反をしたり運転操作を誤ったりしやすい状況にあることを容易に認識しえたのであるから、同被告に飲酒運転をやめて一緒にタクシーで帰るように注意すべきであったし、あるいは、そうでなくとも、帰途で眠り込む前に、被告真樹が制限速度を大幅に超過して運転していることを認識していたのであるから、速度違反をしないように注意するなどすべきであった。にもかかわらず、原告は、漫然と何ら注意をすることなく被告真樹運転の自動車に同乗していて、本件事故にあったのであるから、損害の公平な分担の見地から、いわゆる好意同乗減額をすべきであると解する。
2 右認定の事実に本件に表われた一切の事情を総合考慮すると、原告に生じた前記一1ないし8の損害の合計額(八〇〇八万七八七一円)から一割五分を減じるのが相当である。
右減額後の損害金は、六八〇七万四六九〇円(円未満切捨て)になる。
三 損益相殺
原告が、被告(及び被告加入の自賠責保険)から一六七四万〇六九五円を受領済みであることは当事者間に争いがないから(争いのない事実4)、前項の減額後の損害金から右既払金を控除すると、損害金の残額は五一三三万三九九五円になる。
四 弁護士費用
本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、二〇〇万円と認めるのが相当である。
第五結論
以上によると、原告の請求は、被告らに対し、各自金五三三三万三九九五円及びこれに対する本件事故発生日である平成六年四月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白井俊美)